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hanakosaanのブログ

猫と暮らす日々を気ままに書いてます。

3月11日。

こんばんわ。hanakoです。

 

 今日は3月11日。

 6年前に大きな地震があった日です。

 

 私が住む街も少なからず被害がありました。

 

 あの日。

 14時46分。

 私は花屋さんの生産ハウスにいました。

 ちょっと大きな地震だな位に感じた地震

 ぐゎん ぐゎん 

 経験した事のないような揺れになりました。

 あっ これが震災と言われる地震かもしれない。

 あわてて地面にしゃがみこみました。

 近くの家から悲鳴が聞こえました。

 長い揺れでした。

 

 揺れがおさまって 

 急いで家に帰りました。

 幸い食器棚の食器が落ちて割れていた位で

 私の家はたいした被害はありませんでした。

 

 私の車の音を聞いた猫たちがあちこちの茂みや軒下から出てきました。

 よかった 怪我をした子はいないみたいだね。

 

 停電していて電気はつきません。

 私は氷が残っている冷凍庫に入れられるだけ冷蔵室の食べ物を移して、自転車で家の回りの様子を見に行きました。

 

 多くの家の瓦がくずれていました。  

 停電しているので信号が機能せず、広い道は渋滞を起こしていました。

 いつも行くスーパーも店員さんが外に避難していました。瓶が割れて スプリンクラーが作動してしまい中には入れない状態なのだそうです。恐怖で泣いている店員さんもいました。

 

 うわ 困ったなぁ。

 

 この頃、我が家には今より沢山の猫がいました。

 1日にかなりの量の猫缶とドライフードが必要でした。

 この日、仕事の帰りに猫のご飯を買って帰ろうと思っていたので家にご飯があまりありませんでした。

 スーパーは閉店してしまったのでご飯が買えない。

 猫たちは地震の事情など理解するわけもなく

 お腹が空けばご飯が出てくると思っています。

 1日位はお肉やかつおぶしでなんとかすることは出来るけど、いったいこの状態がいつまで続くのか。

 私はとにかく街の中を自転車で走り回りました。

 すると

 1度閉まっていたコンビニが、店内の状態を整えて、再びお店を開けてくれていました。

 急いで中に入ると、食べ物を買いに来た人達でいっぱいでした。

 私はあるだけの猫缶と乾電池とろうそくを持ってレジに行きました。

 店員さんが猫缶を見ると

「もう少しあると思いますよ。」と

 奥から猫缶を出してくれました。

 ものすごくうれしかった。

 

 家に戻る頃には日が暮れだしました。

 真っ暗な街。

 初めて見ました。

 

 ろうそくをつけて部屋を明るくしました。

 やっと電話が通じ出し、実家や友人達の無事を確認しました。

 こんなに長く電気がつかないのは初めての経験です。

 幸いにガスと水道は使えたので、温かいご飯を食べる事ができ、石油ストーブがあったのでなんとか暖を取ることもできました。

 時折、大きな揺れがあり、不安な夜を過ごしました。

 

 次の日。

 朝からスーパーの入口に並びました。

 沢山の人が並んでいました。

 知っている顔もあり、街の中の情報をもらいました。 

 どこのガソリンスタンドも長い列が出来ていて、入れられるガソリンや買える灯油の量が決まっていて不便だと話してくれました。

 県外に車で通勤している人は大変です。

 何ヵ所もまわってガソリンを入れなくてはなりません。

 

 やっと私が品物を買える番になりました。

 お店の中には入れないので外に並んでいる品物を選ぶしかありません。

 そこにはパンやカップ麺や飲み物が。

 あっ 猫のご飯がない⤵⤵⤵

  困っていると 顔馴染みの店員さんと目が合いました。

 私が事情を話すと

 「スプリンクラーで濡れちゃってるけど」

 と 猫缶とドライフードを店内から持ってきてくれました。

 よかった これでなんとかなる。

 でも 値段がわからなくなってしまって

 お金が払えない。 どうしよう。

 

 店員さんが店長さんに事情を話してくれました。

 「いつも買っていただいているのなら、覚えている値段でいいですよ。」

 店長さんは、そう言ってくれました。

 よかった。ありがとう。

 

 それから、花屋さんに行きました。

 今日、お渡しの寄せ植えがあった。

 でも、お客様と連絡が取れないので、今日

いらっしゃるかどうかがわからない。

 お友だちの退職祝いだと言っていた。

 こんな事があったばかりで、いらっしゃるのかなぁ バタバタで忘れちゃっていないかな?

 

 花屋さんのハウスにも被害が。

 野菜苗の季節だったので、植えたばかりの野菜苗のベンチが倒れて、苗がダメになっていました。

 電気が使えないので自家発電機を持ち込んでハウスの暖房をなんとか回していました。

 

 今までの生活に戻るには時間がかかるだろうな。

 信号がつかなくて、真っ暗な道。

 混乱してクラクションを鳴らす車。

 長い長い行列。

 みんな、生活するのに必死でした。

 

 これから、どうなるんだろう。

 

 そんな事を考えながら待っていると。

 お客様がいらっしゃいました。

 「よかったぁ。お店やっていないかと思ったの。今日しか渡せなかったからよかったわ。」

 「大変な時なのに、待っててくれたのね。

ありがとう。」そう言ってくれました。

 

 よかった、お渡し出来て。

 

 次の日も、スーパーに並んで食料品を買い、

そのあとお店に行きお渡し予定のお客様を待ちました。

 みなさん来てくださいました。よかった。

 

 その日の夜。

 電気がつきました。

 突然明るくなったのでビックリ!

 あの日ほど、明かりのありがたさを感じたことはありませんでした。

 

 いったい まわりはどうなっているんだろう。

 

 急いでテレビをつけました。

 画面に写し出された津波の被害を見て、鳥肌がたちました。

 こんな事になっていたなんて。

 あまりの被害の大きさに、大変だと思っていた自分の被害の少なさに気がつきました。

 電気がつかなくて、食べ物が少ないくらいたした事なかったんだ。

 こんな大変な事になっていたなんて。

 亡くなった人が沢山いたんだ。

 自然の力は凄い。

 これだけ科学が進歩しても予測できない自然の力は恐ろしい。

 

 それからしばらくは食べ物や燃料が足りず

不自由な事もありましたが少しずつ普通の生活に戻って行きました。

 

 3月11日。

 毎年あの出来事を思い出します。

 

 まだまだ生活が安定せず大変な思いをしている方がいます。

 大切な方を亡くして悲しみから抜け出ることが出来ない方も沢山います。

 

 どうか、少しでも前に進めますように。

 

 

 心の痛みが和らいで行く事ができますように。 

 

 心から願っています。