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hanakosaanのブログ

猫と暮らす日々を気ままに書いてます。

降ってきた。

こんばんわ。hanakoです。

 

 ずっと気になっていることが。

 

 実は、私はひがみっぽい。

 

 東京の大きな商店街が遊び場だった幼い頃。

 大人の中に子供が私だけだった環境は

 お姫さま待遇だった。

 

 母が離婚と同時に今の父親と同居した時から私の環境は180度変わってしまった。

 田舎のまったく正体のわからない、いきなり親戚になった人々の中で、東京でのびのび育っていた私は小さくまとまり、まったく居場所がなくなった。

 その上、経済的に苦しく、欲しいと言わなくても欲しいものが与えられたお姫様は、キャベツにソースをかけたおかずで、ご飯を食べた。

 当然、欲しいものがあっても欲しいとは言えなかった。

 何より自分が受け入れられるために私より親戚の子達を優先する母親に、愛情に飢え出した私の性格は歪み始めた。

 

 小学生の女の子。

 持ち物にこだわるお年頃だ。

 かわいい洋服。文房具。

 

 月曜日になると、新しい小物を持ってくる子達。

 日曜日に両親と買い物に出掛けて買ってもらった。

 そんな話があちこちから聞こえた。

 

 物にはあまりこだわりのない私。

 新しい小物も素敵だったけれど

 持ち物より、両親と出掛けた友達がうらやましかった。

 いつの頃か、そんな友達の不幸を願うようになった。

 

 それが、今でも時々顔を出す。

 

 自分の気持ちも理解できる。

 だけど、そんな所を直したい。

 「ひとを呪わば穴二つ」なのである。

 自分のためにも良くない。

 

 何か、自分を納得させる言葉はないか。

 ひがむという思いにしがみついている自分を引き離す言葉。

 

 育った環境。

 理解できるよ。

 でも、もうやめよう。

 やめたいんだよ。

 

 グズグズと何年も考えていた。

 

 今日、久しぶりにそんなひがみが顔を出した。

 また始まったか。

 

 と 私が言った。

 

 「ひとが不幸になる事なんか考えてる暇があったら、私がしあわせになる事を考えてよ!」

 

 😅😅😅😅😅    そうだね。

 

 やっと降ってきた。

 私を納得させる言葉。

 ひとが不幸になっても、私がしあわせになるわけではない。

 他人が不幸になった所で何になるのだ。

 それより、自分の事を考えるほうが大切。

 

 

 ずっと体の真ん中にあった重い気持ち。

 すっと 軽くなった。

 

 

 今日はよく眠れそう。

 

 

 おやすみなさい。